ブラックな焼肉屋のバイトをばっくれた話

この世の中には、いろんなブラックな仕事がある。

 

何を以てして、ブラック会社や、ブラック企業と言うのかは人それぞれだが、真面目すぎる人はつけこまれ、搾取される一方である。

その搾取はまた、いろんな形でもある。

 

お金だったり、時間だったり、人間味だったり。

 

とりわけ、そういうところで働いてしまったことが何度かあるから、自分のためにも書き記しておこうと思う。

 

あれは今から、5年ほど前になる。

 

当時、福岡に住むことになった俺は、バイトを探していた。

俺のバイトの探し方は少し独特で、提示する条件は「髪型自由」のみ。

 

髪を伸ばしたり、髪を染めたりすることが普通の俺には、髪型で俺のことを判断されたくない、という謎のプライドもあった。

 

そういう条件でしか探したことがなかったので、この時も例に漏れず、この探し方をした。

 

面接してくれるところは、すぐに見つかることになる。

面接に行って、いつものように愛想を振りまく。

バイトの面接で落とされたことはほとんどない。

 

フルタイムでも大丈夫、シフトも基本的に言いなり、きっと向こうからしても好条件の人間だったと思う。

 

面接の日の夜に合否の電話はあった。

採用だった。

しかし、向こうの提案してきたものは

「系列の店が(俺の)住んでるとこの近くにあって、そこの店長が人手を欲しがってるんだけど…」というものだった。

 

自分の家からも近くなるんなら、最高だ。

二つ返事でOKしたが、この時の判断が大きなミスになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

 

ちなみにこの時が初めての飲食店でのバイトになる。

 

出勤初日、店について少し後悔した。

何か、何となくだけど、体育会系の感じがしたからだ。

これはもう感覚としか言えないが。

 

店に入り、スタッフに挨拶をする。

店長が出てきて軽い挨拶の後に、特に説明もないまま、「○○席のお客様が呼んでるから行ってきて」と言われた。

何となく、嫌な感じは続いていた。

 

初日から、よくわからないことが多かった。

仕事の内容じゃない。

お客に呼ばれ、「少々お待ちください」と告げてカウンター内に戻ると店長に「勝手なことをするな」と怒られたことだ。

何かよくわからなかった。

 

その日は特に忙しかったらしく、俺の時間もあっという間に過ぎた。

休憩の時間になって、店長がメニューのコピーを渡してきながら

「これ、次の出勤までに商品名と略称も覚えてきてね。みんなそれやってるから、できないとか、覚えてないは絶対になしで。」

と言った。

 

メニューはそれなりに多い量だった。

そして次の出勤は翌日だった。

忙しかったのもあって、通常より遅く帰ることになった。

 

その日はほとんど寝れなかった。

渡されたメニューを覚えなきゃいけない。

睡眠もそこそこに、頭に叩き込む。

必死でそのお店のために頑張ろうとしていた。

他の人に迷惑をかけないように…。

それだけを考えていた。

 

翌日、睡眠を削った甲斐もあって、ほぼほぼ覚えていた。

幸い覚えてないところは客が注文しなかった。

運がいいと思った。

その日言われたのは、一週間内にホルモンの部位とその名称を覚えてくることだった。

気が遠くなるようだった。

怒られる時は怒鳴られるし、客の前だとしてもお構いなしだ。

 

一週間経つ頃に、お店の名前で検索したことがある。

客からお店へのコメントには「スタッフを怒鳴っている時があり、気分が悪い」といくつか書かれていた。

 

その投稿は一ヶ月よりも前のことだから、俺のことじゃなかった。

そして、俺以外のスタッフは一番短くても半年は勤めている。

俺以外みんな仕事ができる。

俺じゃない誰かが同じように頑張っていた、そして諦めていったのだと何となく考えていた。

 

相も変わらず、店長と副店長は物言いがキツい。

叱るではない、怒鳴るからだ。

理不尽だと思うことは多々あった。

 

お通しを盛り付ける際、それにもお金をもらっているんだからと多めに盛り付ける店長の言いつけを守っていると

お通しがなんでそんなに多いんだと怒る副店長。

何をしても見つかると怒られるのだった。

 

二週間も経つ頃、少しずつ辛くなってきているのが分かった。

職場に行っても人格否定される。

友達や交友関係をコケにされても、笑って誤魔化すしかできない自分。

自分の弱さが何より嫌だった。

 

店の時間帯もあり、終わるのは3時〜5時だった。

家に帰って風呂に入って、布団に入る。

その頃には朝日が差していた。

朝日を見るのが嫌になった。

 

薄いカーテン越しに差し込む日差しが何より苦痛だった。

寝たら、また夕方になって、そしたら出勤する時間になって、罵られるためにバイト先に行く。

いっそ、朝日なんて昇らなきゃいいと思っていた。

 

仕事に行っても早く終わることだけを願っていた。

次の休み、次の休み…それだけを呪文のように唱える。

 

一ヶ月経っても俺はポンコツのようだった。

店長にも副店長にもずっと言われていた。

自分にとってはいいことをやっているようでも、店長たちは気に入らないようだった。

だからひたすら従った。

他の人はなんてすごいんだろう。

怒られてすらない。

笑顔が分からない。

笑うときに心から笑えない。

 

この当時、仲のいい友達に仕事を常にばっくれて辞める、というふざけた奴がいた。

俺は彼を昔からディスっていたし、彼もそれをネタにしていた。

「連絡なしで仕事辞めるとか仕事行かないとか、人間的にどうなの?」

そんなことを彼に何度も言っていた。

 

俺はそういう生き方しかできないから、お前が羨ましいよ。お前の真面目って立派だと思うよ。

 

彼は俺にそう言っていた。

 

 

三週間が経つ頃、新人が入ってきた。

厳密に言うと、他にもそれまでに二人くらい来てたが、二日目で辞めたやつと、三日目でばっくれたやつだったからノーカウント。

新人が入るたびに思っていたのは「標的が変わるかも」というものだった。

俺じゃない標的に移ってほしかった。

 

一週間ほどでその新人と一緒に公園で酒を飲んだが「ひどいですね。早く辞めたいです。」とぼやいていた。

 

一ヶ月も前に辞めるを伝えるなんて、気が遠くなるような誓約書があったのもあり、この時はそれを愚直にも守ろうと思い続けていた。

 

標的は移ることはなかった。

俺とその新人二人にだけ怒号と罵声が飛んでくる。

いいストレス発散だったのかもしれない。

 

一ヶ月と、一週間が経った頃、出勤すると店長と副店長がソワソワしていた。

今日は急に社長が来るから、掃除とか細かいところも徹底していなければいけない、そういうことだった。

 

その日は何があったかわからないが、いつも朝方まで客がいることが多い店なのに、深夜1時には完全に客足が途絶えた。

一時間ほど経つと、見慣れない来訪者。

気の良さそうなおじさんだったが、何となく社長だとわかった。

 

いつも高圧的な態度の店長と副店長がペコペコしている。

いい気味だ、そう思っていた。

俺はその時洗い物を任されていたので、ずっと食器を洗っていた。

店の奥にたまに目をやると、社長に怒られている二人の青ざめた顔が見れた。

実に滑稽に見えたし、思わず笑いが出た。

 

…事態は一変した。

その社長とやらは、急に俺の方に歩み寄ってきた。

「だいたい何だ、こいつは!仕事をしてるというのに、汗の一つもかいてないじゃないか!」

店長と副店長は、平謝り。

頭の中で「あー、これでとばっちりきて、後で二人に怒られたらやだなあ」とか思っていた。

 

その直後、思いっきり胸ぐらを掴まれた。

「お前は仕事を舐めてるのか?!○すぞ!!」

何となく、泣きたかったが、それよりも感情が飛んだ。

ひとしきり俺に怒鳴ったあと、社長は店のドアを強く閉めて出て行った。

 

副店長はニヤニヤしながら、「お前とばっちりやったなあw」とか言ってくる。

きっと俺も顔面蒼白だったんだと思う。

そのままで突っ立っているのも苦しかったので、洗い物をしようとすると、店長が帰っていいという。

自分の決めてたところまでやりたかったから少し洗って帰ります、と伝えると「言うこと聞けや!」と謎の関西弁で怒られた。

 

帰り道、自転車を漕ぎながら泣いた。

自分がみっともなかった。

誰よりも頑張っているつもりなのに、胸ぐらまで掴まれて仕事をしていないと罵られる。

生きている意味がわからなかったし、存在している理由がわからなかった。

あんなに耐えて耐えて頑張っているのに、理解してくれる人はいない。

 

次の日も出勤した。

相変わらず、店長も副店長も威圧的だ。

いつもどおり働いていると、店長から呼び出された。

「お前、今のままだと使い物にならないから。明日から今より厳しくいくから覚悟しとけ」

 

その言葉を聞いて、糸が切れた気がした。

「頑張る」という言葉の意味がわからなくなったからだ。

数時間後、仕事が終わり、いつも仕事をばっくれて辞める友人を家に呼び出した。

 

俺は何となく、決めていた。

今まで犯したことのないタブー。

「ばっくれ」をやろうと。

 

それまで仕事をばっくれるやつなんて人間のクズだと思っていた。

だからどんなに嫌な仕事でも、半年は我慢して働いてきたし、頑張ってきたつもりだった。

そんな俺が、ついにその領域まで踏み込もうとしている。

だが、この時ばかりは思った。

「このままここにいたら死ぬ」

その防衛本能がそうさせてしまったのかもしれない。

 

出勤の時間になったら携帯の電源を切る、友人はそう言った。

そして、出来るだけ長く電源をつけない。

それがコツ、ということだった。

今まで見下していた人間がとても強く輝いて見えた。

 

友人の仕事の少し前まで一緒にゲームをした。

くだらない話もした。

一緒に酒も飲んだ。

この時、友人は「たぶんこいつはばっくれることを選ばない」と思っていたらしい。

それほどまでに俺は真面目に生きてきたのだろう。

 

二日後、携帯の電源をつける。

店長から、鬼のような数の着信と、メールが届いていた。

二日も経つと何となく腹は決まっていた。

留守電は聞かずに削除した。

メールは読んだ。

その内容も本当に低レベルだな、と思えるほど幼稚な内容だった。

 

前半の方は「今なら許してやる」とか「もう逃げるのか?」とか。

だんだん言葉も荒くなってきて「○すぞ」とか「お前みたいなやつはどこに行っても成功しない」とか「お前はただのクズ野郎」みたいのに変わっていった。

 

「店に来て土下座しないと給料も払わない」とか言われて、一ヶ月分の給料も惜しかったけど、土下座はしたくないからシカトした。

結局、給料は払われなかった。

ちなみに次の仕事で店長になるくらいまでいったから、どこに行っても成功しないとかは、あの店長の小さな価値観の中だけの話だと実証できた。

 

身近に、すぐに仕事をばっくれるような知り合いがいたのは大きかったんだと思う。

じゃないと、日本人は真面目過ぎて「仕事を辞める=悪」みたいに思ってる人が多い。

小さい頃から「他人に迷惑をかけてはいけません」という学校教育を愚直に守りすぎた結果、自分が病んだり壊れたりしてしまう。

 

昔から俺は、それを守り続けてきた。

だから、あの時に友人が「ばっくれることを選べない」と思っていたことで、この行動に心底驚いていた。

人は優しすぎるから、そのせいでつけこまれ、嫌な仕事を強いられ自分を壊していく。

自分を誤魔化しながら生きた先に何があるんだろう、そんなふうに思い始めたのはこの職場があったからだ。

 

ブラックな仕事はまだまだたくさんある。

その職場で満足できて、それでも自分を貫いていける人はいいと思うし、尊敬する。

 

でも、それで生きれない人もたくさんいる。

自分に素直に生きていいのに、それをやっちゃいけないかのように言われる。

もっと自由に生きていい、これからもそれを発信したい。

 

ちなみにこの件がきっかけで、飲食店では絶対に働かないと決めた。