生き方、働き方〜超絶ブラックな焼肉屋をとんだ話〜
これは、「仕事」や「働くこと」に対してあまりにも真面目に考えすぎていた頃の話。
今でも働けばいたって真面目なんだけど、この頃は他の何よりも仕事を優先していたし、それが普通だと思いこんでいた。
また別の話になるから今回は割愛するけど、一緒に住んでいた先輩(以下N)にお金を盗られたうえに逃げられて、借金したこともある。
今思えば、そのNのおかげで、俺は今「生きている」と言っても過言ではない。
(このNは「仕事は、絶対にとんで辞める」という変わったやつで、俺はいつもNを「クズ」と尊敬の意を込めて呼んでいた。)
今回は、そのことについて書こうと思う。
当時の俺は、飲食店で働いたことはなかった。
福岡に出てきたばっかりでとにかくお金がなくて、”まかない付き”とかそんな言葉に釣られたんだと思う。
初日に店のドアを開けようとした時に感じた「嫌な気持ち」は今でもほんのり思い出せる。
なんとなく「不安」になった。
昔から、俺の出勤初日は混雑している事が多い。
何でか分からないけど、なんかそんなイメージが強い。
それは正直仕事を早く覚える上でも、悪いことではないのだけど、出勤初日くらいは落ち着いていたい。
その日は店長から店の説明だったり、基本的な流れだったり、簡単な配膳なんかを教えられた。
働いている間も、店に入る前に感じた「不安」を感じていた。
店長は何かチンピラ上がりのモブみたいな顔の人で、いい人…とは思えなかった。
語気が荒いというか。(あだ名をつけるなら、モブメガネにしよう。)
今思えば喧嘩したら勝てそうだな、って感じ。
威圧感を感じる。
この時点でもう「なんか嫌だな」って考えてたんだけど、問題は副店長の方だった。
副店長は、いかにも8○3みたいな感じの人で関西弁だった。
店長でさえ結構な威圧感があるのに、この人はさらに威圧感があった。
気分でガラリと性格は変わり、そのギャップに少し苛まれた。
あとはキッチンに2人、社員さんがいたが(俺はホール)その人達は比較的優しかった。
でもあまりキッチンの人と絡むことなんて多くはないので、ほとんど話すことはなかった。
残りのバイトは女子高生が3人と、大学生の男が1人。
女子高生のうち1人はV系が好きらしく、やたらと俺に絡んできた。(後日告られた)
大学生の男はまさに寡黙、という感じで仕事は早いが誰とも話そうとしなかった。
初日、帰る直前に店長に呼び止められ、
「これ明日までに全部メニューと略称覚えてきて。みんなやってることだからできるよな?」
と告げられた。
メニュー自体も結構な量だったが、みんなやってると言われたら曖昧な返事をするわけにはいかない。
だから次の日に完璧に覚えていった。(寝不足なったけど)
数日で、何か嫌な感覚はさらに増した。
新人だし、何がミスなのか分からないこともあるんだけど、分からないことで怒られたりした。
今でも理不尽だと思うのは、お通しを小鉢に入れる時に
店長と副店長で言ってることが違うことだ。
店長は「お通しなんだから、少なくていい。どれだけ入れてんだよ。」と言い、
副店長は「少ない。お通しもお金もらってるんだからそれなりに増やせ。」と言う。
その中間らへんの量も副店長の気分でさじ加減が変わったりしたので、厄介だった。
なんとなく新人は”標的”にされてる気がして(いわゆるシゴキみたいな感じ)すごく嫌だった。
お客さんの目の前にいるのに大声で怒鳴られたりして、見せしめみたいな感じ。
お客さんがいないところでは、ボロクソに言われたり、正直今でこそ問題になっているパワハラみたいのなんて普通だった。
10日ほど経って、新人のMくんが入ってきた。
キッチン志望だったらしいが、人が多いということでホールに回されてきた。
何歳か歳下だったけど、入った時期も近いので、すぐに仲良くなった。
どこかで「”標的”が増えると俺の怒られる数減るかなあ」…なんて考えていた。
俺の考えは的中し、店長と副店長の”標的”は2人に分散した。
しかし、Mくんは本職があるらしく出勤の頻度は少なかったので、結局は俺がほとんど標的だった。
数日後、もう1人女子高生が入ってくる、という話になった。
さすがに女の子だし、”標的”にはならずとも少し店長と副店長の目線は逸れるだろう、なんて思っていた。
…が、当日になってもその女子高生は来なかった。
もしかしたらその子にも、俺が初出勤の時にドアの前で感じた「不安」みたいなのが出てきて、店に入る直前に引き返したのかもしれない。
賢い選択だな、と俺は思っていた。
俺にもあの時、不安の直感を信じて「逃げ出す勇気」があれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
たまに出勤するMくんと2人で、缶チューハイを片手に公園で店長の愚痴を言ったりした。
あの時間は本当に楽しかった。
やっぱりMくんも相当ひどいことを言われているようで「お互いそれでも頑張っていこう!」なんて、誓いを交わした。
一緒に住んでいるNは、この時らへんもやっぱり「バイトを始める→数日でとぶ」を何件か繰り返していた。
俺はNと家で顔を合わすたびに「本当にクズだなw」とか言った。
NはNで「お前は本当に真面目だもんな。羨ましいよ。」なんて言ってた。
この時、俺はNを見下していた。
「こんな社会の底辺みたいな人間にはならない」
そんなふうに、俺は辛い仕事を頑張ろうとNを反面教師のように見ていた。
だけど心はすり減りまくっていて、家に帰って朝日が登るのを見るたびに死にたくなった。
だから雨の日は楽だった。
人が幸せそうにしてる顔が心底ムカついた。
当時11階に住んでいたけど、ベランダから飛び降りたら死ねるかな?なんていつも考えていた。
でも、死ぬ勇気すらなかった。
だから、誰か車で突っ込んできてくれないかな…と願ったりしていた。
せめて風邪でもひいたら…。
その願いも叶うことはなく、誰も撥ねてくれなかったし、病気にもならなかった。
ズル休みはいけないこと。
それが、その時の俺の正義だった。
ちなみにこの時あたりに、そのお店のレビューを検索したら、何人かが
「若い子を客の前で怒鳴ってたりするのは気分が悪い」
と、俺が働く少し前の日付で書いてあって、俺の入る少し前に人知れず戦ってた人がいたんだな、なんて思ってた。
働きはじめて2ヶ月くらいの時、事件は起こった。
その日は出勤すると、店長と副店長しかいなかった。
お客さんもかなり少なく、夜の23時半くらいにはすべて捌けた。
まるで、この日のことを予知していたかのように。
いつもは朝方まで営業しているのに「0時に店を閉める」と急に店長が言ってきた。
「社長が来るねん」とその日は比較的穏やかだった副店長が横から言った。
たしかに出勤したときから、2人ともそわそわしているように感じていたが、社長が来るからだったのか。
でも、この2人がこんなに落ち着かないところは初めて見た。
10分くらい経って、何か恰幅のいいオッサンが店に入ってきた。
「〇〇くん(店長の名前)、いる?」
この人が社長か。
気の良いオッサンって感じで、悪い人って感じはしない。
店長は奥で(点数稼ぎ?)掃除してたから、そこに通すと、
俺の後ろから現れた副店長が「まさか、もう社長きた?」と聞いてきて、慌ててそこに向かっていった。
俺は残っている洗い物を頼まれたので、それをひたすら洗っていた。
しばらく、奥からは談笑する感じが聞こえていて、興味もなかったがあるタイミングで一変した。
社長のとんでもないくらい大きな声の怒号が聞こえてきた。
マジでビビった。
少し身を乗り出すと奥が見えたので、バレないように少しだけ見えるくらいまで乗り出した。
奥で正座した2人が怒られている。
この時の俺は「ザマアwwwww」とか「いつものバチが当たったんだよwww」とか思っていた。
しばらく続いた怒鳴り声だったが、何か捨て台詞のようなものを店長に言って、社長が帰るような雰囲気が出てきた。
もっと2人を絞ってほしかったが、仕方ない。
そう思いながら、俺は洗い物を続けていた。
気づくと、背後に気配を感じる。
…社長だった。
何でか、俺の方にズカズカ歩いてくる社長。
その直後、一瞬何があったのか分からなかった。
…胸ぐらを掴まれている。
え?と素っ頓狂な声が出た。
そのまま社長は後ろにいる2人に大声で叫んだ。
「何だコイツは!!汗もかいてないじゃないか!!働いてるなら汗の一つや二つ、当然だろうが!!!」
そして俺に向き直る社長。
「お前ふざけてるのか!○すぞ!!!」
突然のことに思考停止してしまった。
すぐに俺を開放した社長が、店のドアを開けて出ていったのを店長が走って見送りに行く。
その時、副店長が俺のところにスーッとやってきて、
「お前、とばっちりやったなあw」と笑った。
戻ってきた店長は、顔が少し青ざめている。
そして俺に「もう帰れ。」と言った。
洗い物が残っていたから、俺が「全部終わらせて帰ります」と言うと、
「いいから帰れや!!!」と怒鳴られた。
なので、2人に挨拶だけして店を出た。
自転車を漕ぎながらの帰り道、俺は泣いた。
泣きたくなんてないのに、ボロボロ涙が出てきた。
家に帰ると、Nがいた。
俺の顔を見て「何があった?」と聞いてきた。
事情を話すと「もうとべよ、そんな職場。」と返された。
俺は何があっても、とびたくなかった。
だからNにそう答える。
だけど、生きているのも辛かった。
「とぶなんて、クズのやることはできない」
俺の答えは変わらなかった。
Nは「お前、本当にすごいよ。お前は昔から、真面目だもんな。」
でも、と続けて「そういうところは、辞めなきゃわからないから気をつけろよ」と言った。
次の日、俺は普通に出勤した。
前日と変わり、客も多い。
たんたんと仕事をこなす。
2ヶ月もいれば、さすがにもうポンコツとまではないだろうし、ある程度のことにも対処できる。
後は、店長と副店長の期限を損ねないように立ち回れば、きっともう大丈夫だから…
と自分に言い聞かせた。
皿洗いをして、もう少しで退勤の時間…というところまできた。
後ろからタバコを吸ってる店長が近づいてきて、俺に言った。
「お前さあ、入ってどれくらいだっけ?」
2ヶ月くらいです、と俺は返した。
店長は一瞬考えて、
「お前、このままだと使い物にならないんだよね。
だから明日から、もっとキツく教えていく。
その分言葉も多分悪く聞こえるかもしれないけど…
まぁ、お前のためだから。」
俺の中で何かが壊れた、そんな気がした。
今までの口調でさえ、心底傷ついてきてるのに、どれだけ踏みにじられたか分からないのに。
前日の社長のことを何か話すでもなく、いきなり”使い物にならない”だと…?
その暗く沈んだ気持ちを悟られないようにするために、笑顔で返した。
「はい、よろしくおねがいします。」
もしかしたら、顔は引き攣っていたかもしれない。
家に帰ると、またNがいた。
相変わらずクズのようだ。
俺は、Nに告げた。「決めた。とぶ。」
Nは「昨日あんな事があって、普通に出勤したほうがすげーよ。」なんて言いながら笑った。
そして「じゃあ俺も付き合うかね。」
そう言って、とぶ時の”心得”みたいなものを教えてくれた。
その日は朝日が辛くなかった。
俺は、自由になれる。
それだけで、未来がどこまでも続くように感じた。
でもやっぱり、出勤の時間になるとそわそわした。
とんだことなんてなかったから、罪悪感に押しつぶされそうだったけど、
Nが付き合ってくれて、無双OROCHI Zというプレステ3のゲームを一緒にひたすらやった。
Nの言うとおりに、携帯の電源を切って3日経った。
やつが言うには、だいたい2日で連絡は落ち着いているらしい。
「お前はメンタルやられそうだから3日は空けろ」と指示され、そのとおりにした。
そして、携帯の電源をつける。
鬼電→鬼メール(この時LINEはそこまで普及してなかった)
留守電もかなり入っていたけど、聞かずに消去した。
…今でも覚えてるメールがある。
罵詈雑言が何件も来てて、どれも恫喝的な感じだったけど、
「こんなことで勝手に店を辞めるようなクズは、この先何やっても続かないし、何かで成功することはない。」
「逃げれると思ってるのか?土下座して謝れば許してやるよ。」
「そうやって一生逃げ続けてろよ。」
「お前が悪いから給料は払わない。」
んー。今思い出しても、人間としてナンセンスだわ。品がない。
俺の人生、お前が決めつけんなよ、カス。
結局、半月くらい働いてた分の給料は貰えなかったけど、縁が切れるならいいと思った。
俺はその後に働いたBARで、何かやたらといい感じに働けて、そこのオーナーから代表をお願いされるくらいにもなった。(店長だったし)
給料も、あの焼肉屋とは全然違って良くなったし、何より楽しみながら働けた。
今思う。
あの時はメンタルやばかったけど、相手にこっちの人生が測れるわけがないんだ。
あんなバカを相手にしてた時間がもったいなかった。
大事なのは「自分がどう生きるか」ってことで、
他人にそれを指図されたくもないし、
他人はこっちの人生を背負ってはくれない。
だから、好きに生きていいじゃないか。
だから、好きにとべばいいじゃないか。
真面目でいることは大事だけど、命ほどじゃない。
命のほうが大事。
仕事辞めれないから死を選ぶなんてたまに聞く話だけど、そんなことない。
死ぬくらいなら不真面目でもクズでもいいから、生きるんだ。
その先に、未来がある。
やりたくないことをやる必要なんてない。
自由が、本当は目の前に広がってるんだよ。
それを見えなくしてしまうような会社なんて、マジでクソ。
悩む人の優しさにつけこんで、その人の未来を奪うような会社は、絶対に許せない。
だから、こういう発信は絶対に絶やさないし、そういう人の助けになれたらいいな、と思う。
死ぬくらいなら、死んだ気になって、好きに生きよう。
ほんの少し見方を変えるだけで、人生はもっと輝くから。
結局、Nは俺からお金を盗って逃げていった。
それで俺は借金もしたけど、今生きてるのはNのおかげ。
あの借金で命が救えたなら、儲けもん。
そう思う。
N、本当にありがとう。
もっかい会いたいな。