瞑想を習慣づける

前に書いたとおり、最近は瞑想に凝っている。

 

何か悩みがあったり、どこか釈然としないモヤモヤの原因が分からない時に

人は何かにすがりつきたくなると思うけど、今の俺は正しくそれなのかもしれない。

 

瞑想をしたら何か変わるかも、そんな何かにとりつかれたように、瞑想を繰り返している。

 

それが功を奏してなのかは分からないが、瞑想をしている時間は随分と楽だ。

 

悪く言えば現実逃避のようにも思えてしまうが。

 

 

そもそも日本人に限らず、人間は「考える」という行為の時間が多くあるらしい。

 

特に今では片手で世界と繋がれるほどの、情報端末をほとんどの人間が持っている時代だ。

 

そんな情報過多の時代に、瞑想という手段があるのは実際にいいことだらけだとは思う。

 

少しだけ、スピリチュアルな感じはする。

 

というか、瞑想をするまでスピリチュアルでしかないと思ってた。

 

だって何を調べても、書き口が胡散臭いんだもん。

 

あなたの中の宇宙と繋がるとか、本当の自分と向き合うとか。

 

 

そんな簡単にできたら、苦労しないよ。

 

 

なんて思ってた。

 

でも実際に触れて、始めてみると実に奥深い。

 

まだまだ初心者だけど。

 

ダイエットをするために、一週間に一度だけたくさんの運動をやるよりも

毎日の運動を習慣にしたほうが痩せる、のと同じ原理らしい。

 

つまりは、初心者の域を出ていないうちにやめるとか、やってもいないと胡散臭く感じてしまう。

 

一朝一夕で身につくものではないらしい。

 

 

そもそも何で日本人には、瞑想やスピリチュアルが根付きにくいのか、というのは風土というか国土性なのかと思う。

 

日本は信仰の自由が売りの国みたいなところ。

 

海外では、生まれながらに信仰心がすごい。

 

愛国心というのもとんでもなく差があって、国の為を思ったストライキなんて日本人は、まあやらない。

 

日本人の「偏見」という文化は、厄介な宗教そのものだと思う。

 

実際に海外では瞑想は、日常的らしいし、医学としても使われることが多いという。

 

かくいう俺も日本という土台で生きてきたものだから、偏見だったり、思い込みに毒されているところは多い。

 

 

最近はまさに頭の中がぐちゃぐちゃで、何を考えていいのかすらまとまらない。

 

自分の未来が見えてこない。

 

これはネガティブな意味ではなく、やりたいことがないとかじゃなくて、それのどこに区切りをつけていいか分からない。

 

そのために自分と向き合うための方法に瞑想があるというだけのことだ。

 

今はただ、漠然とよく分からないまま続けている。

 

昨日で、瞑想を始めてから一週間が経った。

 

今は目に見えて結果は出てない。

 

でも今はこれを少し大事にしたいと、何となくだが思う。

 

人は、自分が不安定な時に何かに縋りたくなるから。

 

そんなリアルを書き綴っていきたい。

 

男のスピリチュアルは女々しい?

 

ここ最近、あまりにも自分の人生や、やりたいことが停滞しすぎていることを知人に相談した。

 

その人はパッと見た感じで、スピリチュアルの好きそうな人なのだが、おすすめされたのは「瞑想」だった。

 

結構スピリチュアルってのは女性に多く紐つけられることが多いと思う。

 

相談した人は女性だったのだが、こういうことを言うとだいたいの男には胡散臭く見られるとぼやいていた。

 

幸い俺は特にそういう偏見なんかもないもんだから、これで自体が進展すれば、と思った。

 

数年前から、その界隈ではそれなりに有名人であろうタマオキアヤさんのブログは今でもたまに読むくらいだから、

偏見どころか俺は男にしては好きな方なんだと思う。

 

ビジネス書が自己啓発書と似ているように、スピリチュアルも自己啓発に通じるものがある。(タマオキアヤさんのスピリチュアルの本しか知らないが)

 

自己啓発書が大好きな俺からしたら、特に抵抗はなく信じることはできたわけだ。

 

さて、そんなこんなで生活の中に瞑想を取り入れてみた。

 

だが今回の記事は、瞑想の効果がどうとか、そういったものではない。

 

瞑想は続けているが、それによってまだ効果も実感していない。

 

何より、まだ4日目だから書くほどの変化はなにも起きてないというのが事実だ。

 

 

実際に「瞑想」と聞いて、いや、瞑想を初めてやることになった時に「何をするか」をしっかり答えられる人は少ないと思う。

 

俺もやるまでは「瞑想やってみるかぁ」なんて思っていたが、いざ姿勢に入った時にいくつか疑問が出てきた。

 

・姿勢ってどんなだ?

・何を考えるのか?

・どういうところでやるのか?

みたいなの。

 

で、そしたらググってみようって思った。

 

いくつかのページを読んでいるうちにたどり着いたページがあった。

 

ameblo.jp

 

何でもタマオキアヤさんに師事してもらった人らしい。

 

で、ここらへんでなんとなく「スピリチュアルって女性のしか見たことないような気がする」ってなった。

 

いや、この広い世界にはいるんだろうけど、それをビジネスだとか、人生だとかに交えて発信してる人の中に男性はかなり少ないと思った。

 

そして、先ほど貼ったページに書いてあることを実践しようと思った。

 

これが今回の記事になる。

 

リンク先に飛ばなくても大丈夫なように少しかいつまんで書いてみると

 

頭の中を空っぽにして浮かんできた言葉や感情を一時間以上ノートに書け(3ページ以上)

 

ということ。

 

ふむふむ。

 

しかし、行間や書き方は指定されてないことから、書き方も自由なのだと思われた。

 

だから、とにかく俺の性格を物語るように書いてみた。

 

その結果がこちら。

 

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 めっちゃ見にくいけど、そして醜いけど、自分でもキモいほどの文字の羅列。

 

最初の3ページとか怨念でもこもってんのかと思うくらいびっしり。

 

さすがにちょっとキモい。

 

※文字体が細いので少し空間に見えてしまうけど、マジでとんでもなくびっしり。

 

 

で、ここまで書いたけど、思いのほか、というかたぶんまだ書けることはあった。

 

時間は1時間10分くらい使ったけど、集中力と指の痛みを考慮して今回はここまで。

 

でも一回しかダメとかじゃないし、行き詰まった時にやるのがいいと書いてあるから、これからも定期的にやっていこうかと思っている所存。

 

今回これを書いて、自分の中から生まれたことを実践していこうと思う。

 

その生まれたことを一つ一つこなしていく。

 

とりあえずはそこからのスタートになると思う。

 

この記事に宣言しておくと、今回ので決まったことの中に大きなものがあった。

 

一日最低一つ、今まで自分がやったことのなかったこと、買ったことのないものに挑戦していくということ。

 

今まで無難に生きてきてばっかりだったから、少し楽しみを交えてやってみる。

 

そして最近習慣化してきている、瞑想と筋トレ、一言ブログも徹底していこうと思う。

 

もし、これでなんか変わったらスピリチュアルにハマりそう。

 

でも人は誰しもすがるものを持っていたいわけだよね。

 

とりあえず今日からスピリチュアル頑張ります。

 

 

1400階建てのマンション

 

俺は高いところが苦手だ。

 

いわゆる「高所恐怖症」というやつ。

 

生まれた時からとかではなくて、子供の頃は家の屋根とかに登ったり

ジェットコースターも乗るのが好きだったから育ってくる中で、恐怖を感じるようになったんだと思う。

 

先日、本当に変な夢を見た。

 

夢のスタートは、エレベーターを降りた直後。

 

外に広がる景色を見て、俺は地面に身体全てで突っ伏した。

 

怖い。

 

下が見えない、と思った。

 

見たわけじゃないけど。

 

なぜか夢には弟が出演していて「お前高いところダメだもんね」と笑う。

 

今これを書きながら思い出したが、弟も俺くらいに高所恐怖症だったはずだった。

 

しかし夢の仲の弟は無慈悲にも高所が得意のようだった。

 

続けて「1400階建ての1399階だもんね」と聞こえてきた。

 

気が遠くなった。

 

きっと夢の中の俺は、気絶したんだろう。

 

それと同時に現実世界で、目が覚める。

 

昔から、高いところにいる夢を見ると下半身が痺れる。

 

下から高所を見上げても、上から地面を見下ろしても痺れてくる。

 

まだ覚醒しきってない頭で、もう一度睡眠を選択する。

 

ハッと目を覚ますと、1399階に俺はいて、目の前に弟もいる。

 

その瞬間、足の痺れと共に二度目の覚醒。

 

その痺れがあまりにも痛いので目が覚めてしまった。

 

 

起きて、俺は考える。

 

1400階建てのマンションってどんなだよ。

 

ツッコミどころ満載すぎる。

 

エレベーター乗り損ねたら、とんでもない時間かかりそうだし

そもそも上の階に住めば住むほど、起床時間は早くならなければならない。

 

出勤時間の1時間前で間に合うだろうか。

 

新鮮な食材も少し劣化してしまうかもしれない。

 

そもそも高さ的にどこらへんまでいくだろうか。

 

耐震構造はどうだろうか。

 

考え出すと本当にくだらない。

 

俺は高いところにロマンを感じることはない。

 

なんて夢を見てしまったんだろう。

 

 

夢占いで調べてみたら、「このままではいけない」という努力への暗示とかあったけど、確かにそのとおりかもしれない。

 

今完全に停滞してるもんな。

 

もっとしっかりしないと。

 

 

それにしても高すぎるだろ…。

ヴィレヴァン、ドラマ化おめでとう。

皆さんはヴィレッジヴァンガードというお店をご存知だろうか。

 

きっと今の時代、ヴィレッジヴァンガード(以下ビレバン)を知っている人はとても多いと思う。

 

俺がまだ高校生の頃は周りにも浸透してなくて、知る人ぞ知るみたいな隠れた名店だった。

 

若者にも、個性的な人にも大人気なあの店。

 

少し変なものを扱ってたりするあの店。

 

休みの日とかについつい行きたくなっちゃうようなあの店。

 

わざわざドラマ化したことを記事にしなくても…みたいな話ではあるが、実は俺自身がなにげにとんでもないほどに感慨深くなっている。

 

というのも、実は過去にヴィレヴァンで働いたことが、2回もあるからだ。

 

店舗は違えど、完全に辞めてからまた働いたことがある人は珍しいのではないか、と思う。

 

少し前にブラックな職場で働いてたことを書いた。

 

その中でも語った、「職場に望むのは髪色自由のみ」ということを難なくクリアーするお店…その一つにビレバンがある。

 

昔から服装も髪型も奇抜なものを好んでいた俺は「ビレバンで働いてそう」なんて言われることも少なくなかった。

 

髪色が自由なことに加え、ヘンテコな商品に囲まれるのが楽しそうな感じがして、一度は働きたいと思っていた。

 

むしろそんなふうに思ってしまう若者は多いと思う。

 

ヴィレヴァンは店にもよるが、基本的にバイトを募集していることが多い。

 

あんな幸せそうな空間なのに、なぜ辞める人が…?

 

なんて若い頃は思っていたが、そこにはいくつかの理由がある。

 

働いてみないと分からない、そんな感じでもある。

 

俺は今でもビレバンが大好きだし、よくいろんな店舗をぶらぶらしている。

 

 

だからここに書く記事が悪口でないことだけは、しっかりと理解してから先を読んでいただきたい。

 

 

最初に働いたのは6年ほど前で、2回目は10ヶ月ほど前だ。

 

2回目の時は、時間が経っていたのもあってシステム()も少し変わっていた。

 

2回目の面接の時に店長に言われた採用の理由は「経験者だからじゃなくて、こんなにビレバン好きな人はあんまり見たことないから」だった。

 

実際にビレバンは外から見るとある意味で華々しく見える。

 

少し角度は違うが、ホストの世界が外側はキラキラして見え、中はドス黒い感じに似ているように思う。

 

まあ、要は中と外のギャップみたいなものなんだけど、ビレバンもその例に漏れず。

 

中に入ると、なんとなく見えてくるものがある。

 

それは信仰心に似たもの”と俺は呼んでいる。

 

昔から、何かに盲信している人は少し苦手だ。

 

音楽でも芸能人でも宗教でも、その一つにのめり込む人は「自分の正義」しか貫かない。

 

 

最初に言うと、ビレバンは給料が安い。

 

ただ、俺は別にそこに関しては何の問題もない。

 

ブラックな会社かどうか、を決めるのはいわゆる「賃金の高低」ではない。

 

その給料が気に入らなければ、別の働き口を探せばいいだけなのだ。

 

しかし、ビレバンのスタッフには少なからず「ビレバンが大好きだから」というスタッフが存在する。

 

こういう人は信仰心に飲まれている、と俺は思う。

 

そして好きの状態で働く期間が長ければ長いほど、好きの振り幅は大きくなる。

 

合わないとか、それが好き、を貫けなかったりする場合はすぐ辞めてしまう人が多い。

 

長く働いている人の多くは、信仰心にも似たものを持っている場合が多い。

 

もちろん全員が全員じゃない。

 

自分にとっての働きやすさだったり、都合のつき方だったり、人間関係が楽しいとか、そういうので続ける人ももちろんいる。

 

しかし、そういう人はだいたいが学生だったりとか主婦だとかで、「他に背負うものを持っている人」だ。

 

 

外からは楽しそうに見えても案外と中がドス黒く感じるのは、やはり人間関係。

 

そして「好きなこと」がそのまま仕事になったわけではないということを知ってしまう、そんな現実である。

 

ビレバンがいくら外から楽しそうに見えても、それは仕事だ。

 

悪ふざけのまま働くわけにもいかないし、もちろんロックに働くことはできない。

 

もちろん仕事は真面目に働くものであるとは思う。

 

楽しいものに囲まれてるのは、最初はいいんだと思う。

 

でもそれだけじゃ、会社は回ってくれない。

 

コンビニのように品出しも、陳列も接客もある。

 

それが仕事だからだ。

 

案外、働いているうちに「やってることは普通の仕事」だと気づく。

 

たいしてコンビニやスーパーの店員がやっていることと大差はないのだ。

 

これはシフトにたまに入るバイト、くらいの立場だと気づかないままでもいることができる。

 

上でも書いたとおり、背負うものが少ないからだ。

 

しかし、立場が変わってくるとそうはいかない。

 

何が流行ってるとか、何が売れるとか戦略を持って、常に仕事目線ですべて見なければならない。

 

それが仕事だ!と言われると、もちろんそうだから仕方がない。

 

だが、見たことはないだろうか?

 

お店でやつれて死にそうな目をしているスタッフさんを。

 

その人は店長や、店長に近い存在であることは間違いない。

 

店や、自分のためにシフトも無理をしたり、寝れずに仕事のことだけを考えたり。

 

もちろん普通の信仰心だけじゃそれは続かないし、逃げ出せはする。

 

しかし、日本の常識とやらが作り上げてしまった「正社員になると安定した人生がある」という風潮により、自ら逃げ道を狭めてしまう。

 

 こんなことを書いているが、働く本人がそれで幸せならそれに越したことはない。

 

だけど、それで死にそうな顔をしている人は、一度自らを省みてほしいと思う。

 

実際にそんな顔をしている人もいる。

 

あの華やかに楽しそうな商品に囲まれていると、外側からはそんなふうに見えないかだら。

 

俺は内側にいて、そういう人を見てきた。

 

責任感も強いし、しっかり仕事をする、そしてそれで正社員になるために頑張り続ける。

 

だが、そのためにはいろんな課題をクリアーしなければならないし、すぐに正社員になれるわけでもない。

 

そこで折れたら自分のやってきたことが無駄になるから、と正社員ではないのに長年働いている人もいる。

 

クリアーできないのは自分のせいだ、と自己嫌悪にもなるだろう。

 

でもそれほど皆にとっては魅力なのだ。その正社員とやらが。

 

 

ビレバンにはいろんな”余力(余分な力)”みたいなものが、他より強く集う。

 

それは何かと言うと「絶対的に必要ではないもの」。

 

特にビレバンに置いてある商品なんて、機能性や金額で見て、絶対に他で安く買える商品ばかりだ。

 

面白い雑貨を扱っているから、それは当然なのだけれど。

 

例を言うなら、人より目立ちたいとか、一目置かれたいとか思う中学生は多いと思う。

 

そのために筆箱だったり、タオルだったり、傘だったり、ヘンテコなものに魅力を感じてお金を使う。

 

それが”余力”だ。

 

実際、もっと質が良くて、安いものを探したらたくさん出てくる。

 

だが、人はそれで満足しない。

 

そもそも客という立場が、そのスタートだ。

 

休みの日や仕事終わりに、余った時間で店に行く。

 

そして、普段使わなかった余ったお金を使う。

 

これはもちろんビレバンにも限らずなのだが、一見ふざけた商品が多いビレバンではそれが顕著に表れる。

 

買わなくても全然余裕で生きていける、楽しんでいけるものなのに、それを落としやすい。

 

これはビジネスとしての形ではまさに理想なのだと思う。

 

菊池会長(ビレバンの偉い人)の作り上げた、最強の土台としか言い様がない。

 

この偉い人、本も出してるくらいの人だから気になったら読んでみるといい。

 

 

ビレバンの内側について書いてきたが、ビレバンがここまで認知されるようになったのもきっと創設者である菊池会長が弛まずに走り続けてきたからだと思う。

 

今ほど有名じゃなかった頃なんて、今の時代みたいに受け入れられてなくて、変人の集うお店…みたいな時期もあったはずだ。

 

それでも一生懸命にエンターテイナーとして、プライドを持って走り続けてきた。

 

そこに狂気を感じるし、成功するための法則を真に理解していたのだな、と思う。

 

その結果、今ではビレバンをオマージュする店は多い。

 

東京に住んでいた時に働いていたゲーム屋はポップや売り方だけではなく、社員契約のシステムとかも真似ていたくらいだ。

 

休みの日にビレバンに行くことを勧められたりした。

 

矛盾しているように見えるだろうが、ビレバンにかける愛情は幸い俺のほうがあるけども。

 

この記事を書きながら改めて思った。

 

俺はビレバンを叩きたいわけでもないし、ビジネスとしてみるなら本当に素晴らしいものなのだと思う。

 

昨日も実は行ってきたし。

 

固定ファンができること、これが大事なのは言うまでもない。

 

固定ファンの積み重ねの結果が、今のビレバンを作ってる。

 

 

一回上げてしまったんで、少し悪い面も書く。

 

最古参スタッフのご機嫌取りになることも多い、というところはデメリットの一つ。

 

古参のスタッフは、店長やマネージャーより歴が長い場合があり、偉い人とも付き合いがある。

 

その結果、ワガママが通りやすいポジションにいるわけだ。

 

これはやはりその人にもプライドがあるからだし、そのせいで店長と揉めるとかよく聞くし、何となくやりにくい感じが出てくる。

 

特に新人は、その空気に入れないから余計に思うことだろう。

 

ドラマでは、最上もががその古参の役割を担うようだが現実ではそんな都合よくいかないよ、ってことになる気がしてる。

 

だって仕事だもん。

 

でも正直、キャスティングは本当にすごいビレバン感のある人を揃えたなって感心。

 

でんぱ組の時からずっとビレバンと絡みがあった最上もが出されたら、もう本当にビレバンじゃんって。

 

 

褒めたいのか、貶したいのか、何が言いたいんだって感じで書いてきたけど、まだまだある。

 

まあ、悪口言ってても仕方ないしね。

 

給料安いとか、仕事内容が合わない、シフトがきつい、とかなら他の仕事場探せばいいだけで。

 

実際に聞いたり、実際に体験してみると思うのが、ビレバンの場合はブラックを自分で作ってしまうこと。

 

やっぱり大企業になっちゃったからってのもあるんだけど、基本的にビレバンという企業自体はブラックではないように思う。

 

きちんと定時であがることも可能なわけで。(もちろん繁忙期は少し事情も変わるが、それはどこでも同じだし、完全ホワイトの会社のが少ないと思う)

 

正社員になりたいからって、自分の器量を上回ることやったりとか、睡眠取らずに体を犠牲にしてしまう真面目な人がいるということ。

 

頼まれたら断れないほどの優しさが、利用されてしまうことが多いということ。

 

それを誰かに伝える術が少ないということ。

 

会社自体はブラックではないけど、人の心がすり減るから、ブラックと感じても仕方ないのかもしれない。

 

実際にすごく楽しく働いてる人もいるわけだから、それまで否定するつもりはないけどね。

 

キツくても、それが楽しくて、人の笑顔見て笑顔になれて、そして「ここで働いててよかった!」って人もいたから。

 

あの笑顔は本当に素敵だった。

 

 

こんな俺にも願うことがある。

 

ドラマの影響もあって、これから興味がなかった人もビレバンに興味が出てくるし、実際にCMでもバイトの募集を促してたくらいだから、いろんな層が知ることになるだろう。

 

こういった店員さんに労う気持ちを持つ人が増えてほしい、ということだ。

 

別にビレバンに限った事じゃない。

 

いろんな人はミスもすれば、怒られることだってある。

 

だけど、必死に働いている人にクレームを出すのが趣味のような生き方をしている人がいるのは見るに堪えない。

 

どの仕事がドラマ化されたとして、ドラマのように上手くいくわけない、もっと泥臭い世界だ。

 

ビレバンで必死に生きてる人、頑張ってる人たちを見てきた。

 

正社員になるのを諦めた人もたくさんいる。

 

店長や正社員候補の人は、おそらく会社の完全なる方針で、県外から来ている人だらけだ。

 

友達もいない辺境の地で、スタッフに馴染めなかったり、馴染めるように頑張ったり、しなくてもいい苦労を選んで生きている。

 

そして働いている。

 

それはやっぱりビレバンが好きで、そこで生きていきたいというものが根本にあるからだと思う。

 

そんな人たちの気持ちを踏みにじらないような会社であってほしい。

 

みんな、ビレバンを愛しているのだから。

 

俺はもう外側からしか見ないけど、やっぱり大好きだよ、ビレバン

 

そして、ビレバンで働く方々も、お疲れ様です。

 

ヴィレヴァン、本当にドラマ化おめでとう。

 

 

 

去年働いてた時の画像あったから載せとこう。

 

ハロウィンの仮装してた時だったから、少し恥ずかしいけど。笑 

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某リサイクルショップを辞めた話

ブラック会社の定義ってのはたくさんある。

 

もちろんパワハラモラハラ、セクハラなんかのハラスメント系も含め、勤務時間が長すぎるとか、その割に給料も安いとか。

 

ブラックとまではいかないが、働く側にとって融通がきかないこともある意味グレーゾーンだと思う。

 

joinchu.hateblo.jp

 

少し前に、上の内容の記事を書いた。

 

ここの職場は圧倒的にブラックだったし、思い出すのも憚られるほどだ。

 

だがしかし、人間関係や職務の内容や、過度な期待ですらブラックの要因にはなり得る。

 

そんなふうに思ったのが、この「某リサイクルショップ」で働いていた時だった。

 

 

この店で働き始めた理由は「オープニングスタッフ」を経験したことがない、ということからだった。

 

一昨年の10月くらいの募集に滑り込み、何とか即日採用の電話をもらうことができた。

 

この時らへんの俺は今と違って「落ち着く」ということを考えていた。

 

実際に髪の色もこの時らへんはかなり黒に近かったし、そんなに長くもなかった。

 

なので、普段探している「髪色自由」というもので仕事を探す必要はなくなった。

 

オープニングスタッフのいいところといえば、先輩や後輩といった上下関係が極端に少ないことがメリットであるように思う。

 

たまたま地元にオープンするという求人広告を見つけ、もともと別の店舗に行くのも好きだったから、きっと好きな仕事だと思い込んだ。

 

やっぱり接客業が好きだから、接客業で生きていきたいと思っていた。

 

同僚にも、上司にも、恵まれたと思った。

 

語気が荒い人もいなかったし、仲良くやれていたと思う。

 

オープンまでの準備期間は、かなりの体力仕事だったが、体の疲れくらいはどうにかして誤魔化せた。

 

今となってはなんの自慢にもならないことだが、俺は接客業では褒められることが多い。

 

単純にノリがいいというか、接客は丁寧に心がけてるし、対応を褒められることも多い。

 

仕事を覚えるスピードが早い、というのもあるが、それを新人に教えるのも上手な方だと思うし、怒ることもない。

 

新人にも慕われることが多いし、単純にバイトリーダーのような立場を任されることも多い。

 

それでいて、上司の言うことは忠実にこなす。

 

どう見ても理想のスタッフだ。

 

違和感に気づき始めたのは、オープンしてから2ヶ月ほどだったから、入社して3ヶ月くらいの頃だったように記憶している。

 

ちょうどその頃、持ち込まれた品の査定業務を教えられ始めた。

 

別に査定なんかやりたくなかった。

 

なんでかって「接客」の時間が圧倒的に減るから。

 

だけど、上司の命令には忠実。

 

逆らえないのは忠実なのではなく、弱さだということに気づかないフリをしていた。

 

 

その店舗では、自発的に仕事をしない人が多かった。

 

特に接客業で初めての場合、電話の応対業務をやりたくない人は多い。

 

だが実際に、電話の応対業務に関しては言葉遣いをしっかりした上で、何度も電話をとらないと覚えれない。

 

それを再三言ってるのに、やはり皆はとりたがらなかった。

 

いや、とってくれる人もいるが、そういう人はだいたい仕事ができるので、別の業務を振られていて近くにはいない。

 

電話じゃないにしても、レジも、通常の接客もやりたがらないスタッフとシフトがかぶるとやりにくくて仕方なかった。

 

あるとき、それでとあるクレームが入る。

 

原因は俺ではなかったが、俺もそのことが起こりえないか危惧していたことだった。

 

 

俺と仲の良いスタッフで、同じくらい仕事ができる奴(以下、R)がいた。

 

Rが他のスタッフの尻拭いをしていたことにより、査定の終了を客に伝え損ねていた。

 

それがクレームになり、本社にまで連絡がいった。

 

実際に責任はRにあるとは思う。

 

きちんと最後まで確認をしていなかったのは、Rの責任だ。

 

だが上司や、その会社のお偉い方は、一方的にRを責めるだけだった。

 

その日のシフトに、俺は休みでいなかったが、他に出勤していたスタッフを見るとさすがにひいた。

 

ほとんどが新人で構成されていたからだ。

 

Rは言い訳をしなかったが、実際にその新人のために使った時間でミスが起こり得ることは容易に把握できた。

 

結局店のほとんどをRが回していたことになる。

 

できないことはなさそうだが、ミスが起こる可能性は充分にあった。

 

悪いのはRだが、そんなシフトしか組めないような環境にしている上にも責任はあると思った。

 

次の日から、いじめとまではいかないが、社員からのRへの圧力が強くなった。

 

俺は何も言えず…というようなことはなく、Rと一緒に行動するようにした。

 

その時から、その会社に愛想が尽きはじめていくことになる。

 

 

自分たちの落ち度は認めず、その反省もせずに都合のいい時だけ擦り寄るくせに、頑張りは評価されない。

 

そんな社会の縮図を知ってしまった。

 

本当に知らなかった。

 

頑張りは認められると思ってたし、頑張った分だけ何かが返ってくると思っていた。

 

でも実際に、会社は何も俺らにしてくれなかったし、スタッフルームに貼ってある会社の理念には「スタッフは大事」なんて書いてあるが、そんなこと思ってすらない。

 

ブラック認定されたくないだけの上辺だけの対策。

 

そして、社員同士の話し合いという名の一方的な差別も目立ってきた。

 

入ってしばらく働き方を見て「使えない」と判断すると仕事もほとんど教えない。

 

そのしわ寄せは、結局ほかの業務をさせられてる俺やRにくるのだった。

 

俺もRも、そして仕事が比較的できるスタッフも、このことには気づいていたし辞めたいと他のスタッフも思っていたのかもしれない。

 

そんなある日、Rが出勤と同時に俺に耳打ちしてきた。

 

「すまん。昨日の夜、辞めるって言ってきた。」

 

Rは芯が強い。

 

俺みたいに辞めると言えない人間とは違う。

 

でも辞めたい気持ちは同じだった。

 

その日の夜中を待ち、俺も店長に「明日、お時間もらえませんか?」とLINEして、その文の中に「辞めようと思います」と付け加えておいた。

 

今までの俺だったらきっと逃げていたけど、このままだとこの会社に飼い殺されると思った。

 

意外に辞める話はスムーズに決まった。

 

しかし、フルタイムで正月もクリスマスも出勤していたRと俺がいなくなるのは相当な痛手になるのが予想できた。

 

この時に思っていた言葉は、

 

例え何人辞めても会社は回り続ける

 

というもので、辞めてもいいんだ、と自分に強く言い聞かせた。

 

伝えてから、一ヶ月周りの目は少し痛いかもしれないけど。

 

 

その日から社員の俺とRに対する扱いが変わり始める。

 

近くにいるだけで、ため息や「きつい」などの言葉を延々という。

 

些細な嫌がらせだったのかもしれない。

 

Rは露骨に腹を立てていたが、当時メンタルの弱かった俺は「悪いことしたかな?」なんて気になっていた。

 

こっちだって、辞めたくて働き始めたわけじゃない。

 

俺だって、Rだって真剣に働こうとした。

 

それだけは絶対に間違いなかった。

 

辞めようと思われる会社にも問題はある

 

そう思うことで何とか誤魔化した。

 

きっと何かを辞めることに関しては、人はネガティブでマイナスイメージが付きまとう。

 

それが社会的に恥ずかしいとか、人間関係を悪くするかも、とかよくわからない防衛本能を働かせる。

 

単純に考えすぎだ。

 

別に死ななきゃ大丈夫だし、そんな人間関係なんてクソくらえだ。

 

 

 

会社の経営理念やら、そういうのを誇らしげに掲げてくるところには何らかの影がある。

 

実際に社会は、下を利用する形で回っている。

 

それは正義とか正しいとか、間違いとか悪じゃなくて、そういうものなんだ。

 

だから異論を唱えるとか、真っ向からぶつかるとか、そういうのが馬鹿らしい。

 

嫌なら、合わないとわかったら、辞めてしまえばいいだけなんだ。

 

そういう事実を隠して「スタッフが大事」なんてことを主張する、でも実際にスタッフの身に何かが起きた時に会社は助けちゃくれない。

 

特にそういうことを掲げているところがそうだったから。

 

現実を知れた、そう思った。

 

社会は、会社は俺らに優しくなんてない。

 

もっと人は自分のことだけ考えてもいいはずなんだ。

 

俺はこの仕事を辞めて本当に良かったと思った。

 

 

これはちょうど、今から一年ほど前のお話。

お疲れ様、平成。よろしく、令和。

「もうこっちの家の方が長くなったんだよ」

 

61歳を過ぎた頃、母がぼんやり言っていた言葉。

 

30歳で今の家…つまり俺の実家に嫁いできた母親が、もともとの母方の家よりもこっちで生活した期間が長くなった、ということだ。

 

平成が終わる瞬間にぼんやりと、この時の言葉を思い出していた。

 

俺は平成という中で30年と少し生きた。

 

生まれたのは昭和だけど、圧倒的に平成の方が長い。

 

これから先、もしも俺の命が30年以上続く時まで、俺は平成の中で生きた年数が長くなる。

 

いつか令和の方が長くなる時がくるのだろうか?そんな未来に思いを馳せる。

 

 

人生は年齢の分母が大きいほど、思い出が薄くなると聞いたことがある。

 

小学校や、中学校の時の思い出が強く残り続けるのは、このためらしい。

 

確かに1(年間)/30(自分の年齢)とした場合、その思い出の小ささが分かると思う。

 

そして、1/15の中学生の時の思い出が、色濃いのも頷ける。

 

俺は、その中を平成で生きた。

 

そして、これから令和の中で命を刻んでいく。

 

 

何を区切りにして、大人になったと言えるのかは今もわからないままだ。

 

子供の頃、親の機嫌で理不尽に怒られた時「大人も子供の延長戦なんだなあ」と思ったことが、自分にも当てはまる。

 

そんな自分で悪くなったことといえば、中途半端に常識にとらわれるようになったことと、中途半端な知識をつけてしまったこと。

 

子供の頃から、なんだかんだのらりくらり生きてこれたせいで、逃げぐせのようなものがこびりついて離れない。

 

子供のように遊び続けることを、社会は理解してくれなかった。

 

だから平成の中で、俺は至って真面目に、社会の求める自分像になろうとしていた。

 

今では反吐が出るほどの思考だが、あの時はそれが正しいと信じて疑わなかったし、みんながそうだから、というだけの理由で自分を押し殺していた。

 

ちょうど去年の今頃、自分の見てきた世界を変えようと思った。

 

 

平成が令和になることに対して、そんなに興味を持っていない。

 

別に元号なんて変わるものだし、天皇の命は永続ではない。

 

ただ、表すものが変わったってだけで、人の道や、人の命は変わらない。

 

しかし今までの自分を変えるというための、ほんの少しのきっかけにはできるのかもしれない。

 

人は自分にできないことを、何かにひっかけて考えたがる。

 

俺だって、そう。

 

でも令和になったからって、新しい自分が待っているとか、新しい自分に生まれ変われるなんてことは、断じてない。

 

いつもいつも先延ばしにしてしまう悪い癖。

 

思ったらやらなければ。

 

それを続けなければ。

 

 

歳を重ねるにつれて、人間関係は希薄になっていく。

 

少し前にこんな記事を書いた。

 

joinchu.hateblo.jp

この映画を観て、青春時代を思い出した。

 

俺の青春はちょうど平成のど真ん中だった。

 

その頃の友人たちとは、今はもうほとんど連絡をとっていない。

 

子供の頃は、永遠に仲良しでいれるなんて思っていた。

 

しかし、価値観や生き方や、現状は変わる。

 

みんな家庭を持ち始めるし、仕事をする。

 

親だって永遠には生きない。

 

自分たちより先に死んでしまう。

 

歳を重ねると、生きていくってだけで大忙しで、自分のことだけでも精一杯だ。

 

言い方は悪くなるかもしれないが、そんな生活の中でふるいにかかって残った友人が価値観の合う友達と言うんだろう。

 

平成が終わる頃、周りにいる仲間は昔と全然違う顔ぶれだった。

 

自分の価値観や生き方が変わったんだと思う。

 

だけど、令和になっても俺は俺のままだ。

 

平成の時と変わらない自分がそこにいるだけ。

 

だからこそ、令和こそは違う自分を目指していく。

 

平成を超えるほどの令和にできるだろうか。

 

これから、年齢の分母も大きくなっていく。

 

それでももっともっと濃くなるようにして生きていきたい。

 

平成は、最高の仲間たちを得た。

 

この平成に負けないくらいに、濃い令和にしていく。

 

していくしかない。

ブラックな焼肉屋のバイトをばっくれた話

この世の中には、いろんなブラックな仕事がある。

 

何を以てして、ブラック会社や、ブラック企業と言うのかは人それぞれだが、真面目すぎる人はつけこまれ、搾取される一方である。

その搾取はまた、いろんな形でもある。

 

お金だったり、時間だったり、人間味だったり。

 

とりわけ、そういうところで働いてしまったことが何度かあるから、自分のためにも書き記しておこうと思う。

 

あれは今から、5年ほど前になる。

 

当時、福岡に住むことになった俺は、バイトを探していた。

俺のバイトの探し方は少し独特で、提示する条件は「髪型自由」のみ。

 

髪を伸ばしたり、髪を染めたりすることが普通の俺には、髪型で俺のことを判断されたくない、という謎のプライドもあった。

 

そういう条件でしか探したことがなかったので、この時も例に漏れず、この探し方をした。

 

面接してくれるところは、すぐに見つかることになる。

面接に行って、いつものように愛想を振りまく。

バイトの面接で落とされたことはほとんどない。

 

フルタイムでも大丈夫、シフトも基本的に言いなり、きっと向こうからしても好条件の人間だったと思う。

 

面接の日の夜に合否の電話はあった。

採用だった。

しかし、向こうの提案してきたものは

「系列の店が(俺の)住んでるとこの近くにあって、そこの店長が人手を欲しがってるんだけど…」というものだった。

 

自分の家からも近くなるんなら、最高だ。

二つ返事でOKしたが、この時の判断が大きなミスになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

 

ちなみにこの時が初めての飲食店でのバイトになる。

 

出勤初日、店について少し後悔した。

何か、何となくだけど、体育会系の感じがしたからだ。

これはもう感覚としか言えないが。

 

店に入り、スタッフに挨拶をする。

店長が出てきて軽い挨拶の後に、特に説明もないまま、「○○席のお客様が呼んでるから行ってきて」と言われた。

何となく、嫌な感じは続いていた。

 

初日から、よくわからないことが多かった。

仕事の内容じゃない。

お客に呼ばれ、「少々お待ちください」と告げてカウンター内に戻ると店長に「勝手なことをするな」と怒られたことだ。

何かよくわからなかった。

 

その日は特に忙しかったらしく、俺の時間もあっという間に過ぎた。

休憩の時間になって、店長がメニューのコピーを渡してきながら

「これ、次の出勤までに商品名と略称も覚えてきてね。みんなそれやってるから、できないとか、覚えてないは絶対になしで。」

と言った。

 

メニューはそれなりに多い量だった。

そして次の出勤は翌日だった。

忙しかったのもあって、通常より遅く帰ることになった。

 

その日はほとんど寝れなかった。

渡されたメニューを覚えなきゃいけない。

睡眠もそこそこに、頭に叩き込む。

必死でそのお店のために頑張ろうとしていた。

他の人に迷惑をかけないように…。

それだけを考えていた。

 

翌日、睡眠を削った甲斐もあって、ほぼほぼ覚えていた。

幸い覚えてないところは客が注文しなかった。

運がいいと思った。

その日言われたのは、一週間内にホルモンの部位とその名称を覚えてくることだった。

気が遠くなるようだった。

怒られる時は怒鳴られるし、客の前だとしてもお構いなしだ。

 

一週間経つ頃に、お店の名前で検索したことがある。

客からお店へのコメントには「スタッフを怒鳴っている時があり、気分が悪い」といくつか書かれていた。

 

その投稿は一ヶ月よりも前のことだから、俺のことじゃなかった。

そして、俺以外のスタッフは一番短くても半年は勤めている。

俺以外みんな仕事ができる。

俺じゃない誰かが同じように頑張っていた、そして諦めていったのだと何となく考えていた。

 

相も変わらず、店長と副店長は物言いがキツい。

叱るではない、怒鳴るからだ。

理不尽だと思うことは多々あった。

 

お通しを盛り付ける際、それにもお金をもらっているんだからと多めに盛り付ける店長の言いつけを守っていると

お通しがなんでそんなに多いんだと怒る副店長。

何をしても見つかると怒られるのだった。

 

二週間も経つ頃、少しずつ辛くなってきているのが分かった。

職場に行っても人格否定される。

友達や交友関係をコケにされても、笑って誤魔化すしかできない自分。

自分の弱さが何より嫌だった。

 

店の時間帯もあり、終わるのは3時〜5時だった。

家に帰って風呂に入って、布団に入る。

その頃には朝日が差していた。

朝日を見るのが嫌になった。

 

薄いカーテン越しに差し込む日差しが何より苦痛だった。

寝たら、また夕方になって、そしたら出勤する時間になって、罵られるためにバイト先に行く。

いっそ、朝日なんて昇らなきゃいいと思っていた。

 

仕事に行っても早く終わることだけを願っていた。

次の休み、次の休み…それだけを呪文のように唱える。

 

一ヶ月経っても俺はポンコツのようだった。

店長にも副店長にもずっと言われていた。

自分にとってはいいことをやっているようでも、店長たちは気に入らないようだった。

だからひたすら従った。

他の人はなんてすごいんだろう。

怒られてすらない。

笑顔が分からない。

笑うときに心から笑えない。

 

この当時、仲のいい友達に仕事を常にばっくれて辞める、というふざけた奴がいた。

俺は彼を昔からディスっていたし、彼もそれをネタにしていた。

「連絡なしで仕事辞めるとか仕事行かないとか、人間的にどうなの?」

そんなことを彼に何度も言っていた。

 

俺はそういう生き方しかできないから、お前が羨ましいよ。お前の真面目って立派だと思うよ。

 

彼は俺にそう言っていた。

 

 

三週間が経つ頃、新人が入ってきた。

厳密に言うと、他にもそれまでに二人くらい来てたが、二日目で辞めたやつと、三日目でばっくれたやつだったからノーカウント。

新人が入るたびに思っていたのは「標的が変わるかも」というものだった。

俺じゃない標的に移ってほしかった。

 

一週間ほどでその新人と一緒に公園で酒を飲んだが「ひどいですね。早く辞めたいです。」とぼやいていた。

 

一ヶ月も前に辞めるを伝えるなんて、気が遠くなるような誓約書があったのもあり、この時はそれを愚直にも守ろうと思い続けていた。

 

標的は移ることはなかった。

俺とその新人二人にだけ怒号と罵声が飛んでくる。

いいストレス発散だったのかもしれない。

 

一ヶ月と、一週間が経った頃、出勤すると店長と副店長がソワソワしていた。

今日は急に社長が来るから、掃除とか細かいところも徹底していなければいけない、そういうことだった。

 

その日は何があったかわからないが、いつも朝方まで客がいることが多い店なのに、深夜1時には完全に客足が途絶えた。

一時間ほど経つと、見慣れない来訪者。

気の良さそうなおじさんだったが、何となく社長だとわかった。

 

いつも高圧的な態度の店長と副店長がペコペコしている。

いい気味だ、そう思っていた。

俺はその時洗い物を任されていたので、ずっと食器を洗っていた。

店の奥にたまに目をやると、社長に怒られている二人の青ざめた顔が見れた。

実に滑稽に見えたし、思わず笑いが出た。

 

…事態は一変した。

その社長とやらは、急に俺の方に歩み寄ってきた。

「だいたい何だ、こいつは!仕事をしてるというのに、汗の一つもかいてないじゃないか!」

店長と副店長は、平謝り。

頭の中で「あー、これでとばっちりきて、後で二人に怒られたらやだなあ」とか思っていた。

 

その直後、思いっきり胸ぐらを掴まれた。

「お前は仕事を舐めてるのか?!○すぞ!!」

何となく、泣きたかったが、それよりも感情が飛んだ。

ひとしきり俺に怒鳴ったあと、社長は店のドアを強く閉めて出て行った。

 

副店長はニヤニヤしながら、「お前とばっちりやったなあw」とか言ってくる。

きっと俺も顔面蒼白だったんだと思う。

そのままで突っ立っているのも苦しかったので、洗い物をしようとすると、店長が帰っていいという。

自分の決めてたところまでやりたかったから少し洗って帰ります、と伝えると「言うこと聞けや!」と謎の関西弁で怒られた。

 

帰り道、自転車を漕ぎながら泣いた。

自分がみっともなかった。

誰よりも頑張っているつもりなのに、胸ぐらまで掴まれて仕事をしていないと罵られる。

生きている意味がわからなかったし、存在している理由がわからなかった。

あんなに耐えて耐えて頑張っているのに、理解してくれる人はいない。

 

次の日も出勤した。

相変わらず、店長も副店長も威圧的だ。

いつもどおり働いていると、店長から呼び出された。

「お前、今のままだと使い物にならないから。明日から今より厳しくいくから覚悟しとけ」

 

その言葉を聞いて、糸が切れた気がした。

「頑張る」という言葉の意味がわからなくなったからだ。

数時間後、仕事が終わり、いつも仕事をばっくれて辞める友人を家に呼び出した。

 

俺は何となく、決めていた。

今まで犯したことのないタブー。

「ばっくれ」をやろうと。

 

それまで仕事をばっくれるやつなんて人間のクズだと思っていた。

だからどんなに嫌な仕事でも、半年は我慢して働いてきたし、頑張ってきたつもりだった。

そんな俺が、ついにその領域まで踏み込もうとしている。

だが、この時ばかりは思った。

「このままここにいたら死ぬ」

その防衛本能がそうさせてしまったのかもしれない。

 

出勤の時間になったら携帯の電源を切る、友人はそう言った。

そして、出来るだけ長く電源をつけない。

それがコツ、ということだった。

今まで見下していた人間がとても強く輝いて見えた。

 

友人の仕事の少し前まで一緒にゲームをした。

くだらない話もした。

一緒に酒も飲んだ。

この時、友人は「たぶんこいつはばっくれることを選ばない」と思っていたらしい。

それほどまでに俺は真面目に生きてきたのだろう。

 

二日後、携帯の電源をつける。

店長から、鬼のような数の着信と、メールが届いていた。

二日も経つと何となく腹は決まっていた。

留守電は聞かずに削除した。

メールは読んだ。

その内容も本当に低レベルだな、と思えるほど幼稚な内容だった。

 

前半の方は「今なら許してやる」とか「もう逃げるのか?」とか。

だんだん言葉も荒くなってきて「○すぞ」とか「お前みたいなやつはどこに行っても成功しない」とか「お前はただのクズ野郎」みたいのに変わっていった。

 

「店に来て土下座しないと給料も払わない」とか言われて、一ヶ月分の給料も惜しかったけど、土下座はしたくないからシカトした。

結局、給料は払われなかった。

ちなみに次の仕事で店長になるくらいまでいったから、どこに行っても成功しないとかは、あの店長の小さな価値観の中だけの話だと実証できた。

 

身近に、すぐに仕事をばっくれるような知り合いがいたのは大きかったんだと思う。

じゃないと、日本人は真面目過ぎて「仕事を辞める=悪」みたいに思ってる人が多い。

小さい頃から「他人に迷惑をかけてはいけません」という学校教育を愚直に守りすぎた結果、自分が病んだり壊れたりしてしまう。

 

昔から俺は、それを守り続けてきた。

だから、あの時に友人が「ばっくれることを選べない」と思っていたことで、この行動に心底驚いていた。

人は優しすぎるから、そのせいでつけこまれ、嫌な仕事を強いられ自分を壊していく。

自分を誤魔化しながら生きた先に何があるんだろう、そんなふうに思い始めたのはこの職場があったからだ。

 

ブラックな仕事はまだまだたくさんある。

その職場で満足できて、それでも自分を貫いていける人はいいと思うし、尊敬する。

 

でも、それで生きれない人もたくさんいる。

自分に素直に生きていいのに、それをやっちゃいけないかのように言われる。

もっと自由に生きていい、これからもそれを発信したい。

 

ちなみにこの件がきっかけで、飲食店では絶対に働かないと決めた。